少子高齢化による人手不足や年金受給年齢の引き上げにより、60歳以上の高齢労働者の割合は年々増加しており、建設業界も例外ではありません。
それに伴い、高齢労働者の労働災害の増加が社会問題となっています。
この問題に対して建設業界も様々な対策をとっていますが、ほとんどの組織が見落としがちな必須の取り組みが存在することをご存じでしょうか?
今回は、「9割以上が見逃しがちな高齢労働者の労働災害解決のための取り組み」についてお話していきます。
建設業界の高齢労働者による労働災害の実情と課題

令和4年度の国土交通省の発表では、建設業の全技能者のうち60歳以上が占める割合は25.7%と、全産業の平均である18.4%を大幅に上回り高齢化が深刻な状態です。
その一方で、同年の建設業の労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の割合は26.1%と、全産業平均の28.7%を下回っており、他の産業と比較してかなり抑えられている結果でした。
建設業で働く方々は、経験豊富な方が多く、さらに普段から安全の教育を実施していることが効果を上げているといえますが、楽観視はできません。
なぜなら、60代以上になると以下のリスクが高まる傾向があるからです。
・1カ月以上の長期離脱の割合が20代・30代の1.5倍
・墜転落の発生率が20代平均の3倍
・女性の転倒の発生率が20代平均の15倍
建設業では例年墜転落や転倒による労働災害が数多く発生しており、今後さらなる高齢化や女性の割が増えれば、これらの労働災害の発生件数も増加することが予想されます。
また、人手不足の建設業において作業員の長期間の離脱は大きな痛手です。
以上のことから、建設業の高齢労働者の労働災害への対策は必須といえます。
M-SHELLモデル
労働災害の対策を実施するには、まず労働災害が発生する要因として何があるのかを把握することが重要です。
労働災害の要因を分析すると、当事者とその当事者を取り巻く計6つの要素に分けることができます。
具体的には以下の6つです。
- M:管理面(組織体制、安全文化、コミュニケーションなど)
- S:ソフトウェア(作業手順書、マニュアル、教育、訓練など)
- H:ハードウェア(機械、装置、道具など)
- E:環境(作業環境、照明、騒音、湿度、温度など)
- L:当事者以外(チームメンバー、上司、同僚など)
- L:当事者
- M:Management、S:Softwore、H:Hardware、E:Environment、L:Liveware
これら6つの要因をモデル化したものが、下図に示す「M-SHELLモデル」と呼ばれるものです。

労働災害はこれらの要因のいずれか又は組み合わさることで発生しているため、これらの6つを意識した対策をとる必要があります。
では、実際に建設業で行われている安全対策は、これらの6つが意識されたものになっているかを見てみましょう。
建設業の高齢労働者の労働災害防止に向けた取り組みとその課題点

建設業が今力を入れている取り組みは、高齢労働者に配慮した職場作りです。
具体的には以下のようなものが挙げられます。
・作業手順による取り扱い可能な重量物の重量制限(ソフトウェアS)
・保護具・装備品の改善・軽量化(ハードウェアH)
・作業環境(高所作業など)の制限(環境E)
・高齢労働者の立ち入り禁止区画の見える化(環境E)
・段差・傾斜・濡れ・凍結等のつまずき原因の解消及び注意喚起(環境E)
・危険な場所での一人作業の制限(当事者以外L)
更には、これらの周知・徹底を行う管理Mも該当します。
これらの取り組みは、M-SHELLモデルの当事者Lを除く5つの要素の危険性を取り除いて、労働災害ゼロを目指そうという内容です。
これらの対策は、前項で紹介した「M-SHELLモデル」の、6.当事者のLを除いた5つを意識した内容です。
しかし、そのような取り組みでは労働災害ゼロの達成は厳しいでしょう。
なぜなら、高齢労働者の労働災害で最も多い転倒災害の原因の3割は、段差などの障害物が一切ない場所で発生しているからです。
労働災害ゼロ達成には、事故を起こした当事者Lへの取り組みも必要になります。
とはいえ、当事者への取り組みで思い浮かぶことといえば、注意喚起くらいではないでしょうか?
しかし、他の業界に目を向けると面白い取り組みを行っている組織も存在するので紹介しましょう。
安全に作業するための体力測定

当事者への面白い取り組みとして挙げられるのが、JFEスチール西日本製鉄所と中央労働災害防止協会が実施する体力測定です。
この体力測定では、従業員の体力を数値化し、その値で担当する業務を安全に遂行可能であるかを判定します。
判定が不合格であれば、必要な数値になるまで運動指導を行い、その間は危険な作業に従事させません。
また、合格者も体力を維持できるように、決められた時間に体操や筋力トレーニングを行うなどの取り組みが行われます。
この当事者の体力に目を向けた取り組みにより、JFEスチール西日本製鉄所の体力低下が原因と考えられる50歳以上の転倒災害の発生件数は、20年前の3分の1程度となりました。
この結果を見て、効果がありそうと思う人がいる一方で、こう考える人もいるのではないでしょうか?
「体力向上が見込めない高齢者の割合が高い建設業で、体力測定を行えば、不合格者が大勢出て人手が減ってしまうだけではないか?」と。
しかし、高齢者だから体力向上が見込めないというのは大きな誤解です。
それを実証してくれている凄い方を紹介しましょう。
若手にも負けない高齢労働者の可能性

紹介するのは、現在92歳の稲田弘さんです。
彼は、「アイアンマンレース」というトライアスロンの現役選手であり、年代別の世界選手権で過去3回も優勝しています。
アイアンマンレースは、3.8km泳ぎ、自転車で180km走った後にフルマラソンを走るという世界一過酷なレースであり、鉄人でなければ参加すらできません。
驚きなのは、稲田さんがトライアスロンを始めたのは70歳の時。
それまでは運動と無縁で、メタボがきっかけで本格的にトライアスロンに取り組み、世界選手権で優勝できるレベルにまで成長しました。
この事実は、何歳からでも体力を向上できる可能性があるということを証明してくれています。
稲田さんレベルを目指す必要はありませんが、高齢労働者も若手と同じくらい活き活きと働ける身体を手に入れることは可能なのです。
まとめ
多くの方は、労働災害ゼロ達成のために、当事者の体力向上に目を向けるという考えはなかったのではないでしょうか?
それは、高齢者の体力向上は見込めないという固定観念があったからかもしれません。
しかし、実際は何歳からでも体力を向上させることは可能であり、実際に効果が出ている組織も存在します。
何歳でも可能性があるという点を意識すれば、当事者の体力向上以外にも新しい対策が生まれるかもしれません。
高齢労働者の可能性をさらに拡げ、労働災害の撲滅を目指していきましょう!
本記事が少しでも今後の参考になれば幸いです。
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